いちごミルクの素
「人と果物と野菜、そして笑顔を繋ぐジャム」
「みんなが笑顔になれるごはんを作りたい。」
幼い頃から共働きの両親のために家族の食卓を支え続けてきた一人の女性がいる。
彼女が今作っているのは、国産素材でつくる低糖・無添加ジャムで、“誰もが食べられる優しいピューレジャム”。
病気で大好きな果物を食べられなくなった母のために作った、りんごのコンポートがすべての始まり。その優しさが原点となり、今では全国の農家さんやお客さまをつなぐ大きな輪となっている。
果物と野菜の力で、介護をする人も、食べる人も笑顔になれる。
心も体も温まる、そんなやさしい物語のようなジャムを作っている。
彼女の人生の歩みが、今のジャム作りにそのまま繋がっている。
繋果彩(けいかさい)代表の本郷さとみさんの想いとストーリーを聞いた。
「 家族のために始まった“食事作り”」
東京下町で生まれ、幼稚園まで過ごし、小学校入学の頃に埼玉県春日部市に引っ越した。
共働きだった両親の帰りはいつも遅く、小学2年生の時には自然と料理を任されるようになったという。
「放課後は本当は友達と遊びたかったけれど、食事の準備をしなければならなかった。今でいう“ヤングケアラー”でしたね。」
小学校3年生から大学卒業まで、毎日家族のためにご飯を作り続けた。
当時は大変だったが、その経験が今の自分の仕事の原点になっているので、今では両親に感謝している。
もともと走ることが好きで、卒業後もマラソンに打ち込んだ。
しかし体調を崩してからは、医師の診断で走ることを一時断念した。
体の中から改善しようと食生活を改め、体に優しい食の勉強・取り入れを続け、少しずつ体調が回復し、今では再びマラソン再開を目指しているという。
中国文化が好きになり、大学は中国文学科に進学。卒業後は中国や世界に支店を持つ企業に就職した。上海での勤務が決まっていたが、リーマンショックの影響で渡航は叶わず、以後20年間、国内で会社員として働くことになった。会社員時代は、趣味であった食を通してシェフや生産者など人とつながる機会がたくさんあった。
「父と母のために生まれたジャム」
やがて、両親の介護が始まった。2人とも介護が必要となり、仕事を続けながら懸命に支えていたが、次第に体がついていかなくなった。
悩んだ末に、退職することにした。
寝たきりになった父、膠原病を患った母を支えながら、約5年間介護に専念した。
当初母は膠原病になったことを知らず、骨粗鬆症の治療を受けた。
その時の治療の影響で母は歯をすべて失い、固いものが食べられなくなってしまった。
りんごやバナナなどの果物が大好きだった母に、もう一度果物を食べさせてあげたい。
そんな思いから作ったのが、りんごのコンポートだった。
母が“おいしい”と笑ってくれた瞬間、心がふっと軽くなった。
それが、本郷さんのジャム作りの原点となった。
介護食を作っているうちに、野菜や果物が苦手な父と、大好きな母、そんな二人に「どうしたら美味しく食べてもらえるだろう」と考えるようになった。
そこで思いついたのが、誰でも食べやすい“やわらかい形”にすること。
そうして始めたのが、ジャム作りだった。
野菜や果物が苦手な父も、ジャムなら美味しそうに食べてくれるようになった。
その姿を見て、「これなら父や母の世代の方々にも食べてもらえる」と確信した。
周りを見渡すと、同じように高齢の家族を支えている人が多く、私がジャムを作って食べさせている話を、高齢者にすると、「いいね、そうやってやってくれる人がいないのよ」と、よく言われるようになった。その言葉を聞くたびに、もし私がもっとたくさん作って、ストックできたら、もっとたくさんの人に喜んでもらえるのではないかと思った。
「繋果彩(けいかさい)”人と健康の架け橋”」
ビジネスは初めてだったため、地元・埼玉県川口市が開催する起業セミナーに参加してみた。そこで教えてもらったのは、「すぐに起業しなくても、介護をしながらできることがある」ということだった。
その言葉をきっかけに、まずできることから少しずつ始めようと思った。
介護を続けながら、自分の作ったジャムを検査機関に送って安全性を確認する。
そんな日々を積み重ねていった。
最初は、幼馴染の友人とともに「ひだまり食堂」という屋号で川口市に工房を開いた。
高齢者に特化した食堂を作りたいと考えて名付けた屋号だが、実際に嚥下が難しい方の食事が、思った以上に難しく食堂開業の力不足・時期尚早を感じた。
2025年7月に屋号を「繋果彩」に変更した。
「繋果彩」には、美味しい食材を、お客様の笑顔のために、お届けしたい。日常に彩りを添えたい。“果物と野菜を通じて人と人を繋げたい”という思いが込められている。
「繋」は親と自分との繋がり、訪れてくださる皆さんとの繋がり、そして果物・野菜を育てる農家さんとの繋がり。そのすべての繋がりがあって初めて、繋果彩のジャムが出来上がる。
「果」は野菜や果実を届けるという意味と、店の名前を見たときに果物を使っている店だとわかるように。
「彩」は食卓を彩るという意味と、彩り豊かな人生を送ってほしいとの思いから。
英語で添えられたロゴ「Keikasai – Bridge People and Health」には、“人と健康の架け橋”という意味が込められている。
「みんなが笑顔になれる新食感のジャム」
使用する果物や野菜は、全国各地の農家から直接仕入れている。
青森県や長野県のりんご、愛媛県岩城島の島レモンなど、人との繋がりが重なり出会った食材だ。
傷があって出荷ができない“もったいない”果物や野菜も積極的に仕入れている。
そのような果物や野菜をジャムの材料として使うことで、フードロス削減を実現している。また、ブルーベリージャム・柑橘類には、地元・川口市で採れたブルーベリー・柑橘類を使用。「地元の人々に喜んでいただきたい」という想いと、地産地消の考えから生まれたこだわりだ。
看板商品の「りんごレンコン」ジャムは、青森県産(または長野県産)のりんごと茨城県産のレンコン、北海道産のてんさい糖と愛媛県産のレモン果汁で作った優しさ溢れるジャム。
母の好きなりんごと父の苦手なレンコンを組み合わせたらとても美味しいジャムができた。リンゴの甘酸っぱさとレンコンの旨みが織りなす、優しい自然な味わいは幅広い世代に人気。なめらかなレンコンの舌ざわりが、まるでリンゴのように感じられ、その食感も評判だ。
人気商品の「いちごミルクの素(人参・ビーツ入り)」は、千葉県産の苺、北海道産のてんさい糖、天然バニラを使用したバニラペースト、愛媛県産のレモン果汁、埼玉県産のにんじんとビーツで作っている。
ミルクを注げば華やかな香りが広がり、野菜が苦手な子どもでもゴクゴク飲める美味しさは大好評。特に乳幼児に人気で、アイスクリームに入れるのもおすすめだ。
ジャムは、果物がちょうど食べ頃を迎えたタイミングで一気に仕込む。
「美味しく食べてもらいたい」と願いながら、二人で楽しく作るジャムには愛情がたっぷり詰まっている。
こだわっているのは素材や味だけではない。高齢の方でも開けやすく、万が一落としても安全なように、容器は瓶ではなくパックタイプを選んでいる。
パックタイプのジャムは、どこへでも持ち歩ける手軽さが魅力。
小さなお子さまのおやつとしてはもちろん、もしもの時には災害食としても役立つ、頼もしい存在だ。
「繋がりが生む、優しさのひとさじ」
「繋果彩」は起業して3年目を迎える。父と母も元気になり、ネットショップやマルシェ、イベントを中心に販売を続け、少しずつ販路を広げてきた。
デイサービスや市の施設でも取り扱いが始まり、人との繋がりがさらに広がっている。
最近は、ジャムだけでなくさまざまな商品の依頼を受けるようになった。
川口市の中華料理店では、杏仁豆腐のトッピングソースを手がけ、年間契約を結ぶことができた。
ハーブティーの専門店からは沖縄産パイナップルでドライフルーツを作る依頼を受け、好評をいただいている。シフォンケーキの中に入れるリンゴのコンポートを作ったり、繋果彩の商品は、少しずつ確かな広がりを見せている。
さらに、就労支援を行う農家とも協力を始めており、障がいのある方が安心して働ける環境づくりにも貢献したいと考えている。
いずれは海外にも展開し、日本の果物や野菜の魅力を、ジャムを通して世界の人々に伝えたいと考えている。地域に根ざした食材を使ったジャムを作り、海外の人たちにも知ってもらいたい。日本の四季や風土が育む豊かな味わいを、ジャムを通して世界へ届けることが目標だ。
また、いつか一度諦めた小さな食堂を開きたいという夢もある。乳幼児から高齢者まで、幅広い世代が気軽に集まり、繋がりやコミュニケーションが生まれるような場所をつくりたいと考えている。
「ジャムを食べてくださる方が、24時間の中でほんの一瞬でも“幸せ”を感じてもらえたら嬉しい。育児・介護している人が、このジャムひとつで少し気持ちが楽になれたら、それが何よりの喜びです。」
繋果彩のジャムは、単なる食品ではない。
それは“人と人の心を繋ぐ小さな橋”のような存在だ。
人が笑顔になる瞬間が、何よりも嬉しい。
その想いを胸に、今日もジャムを煮詰めている。
果物と野菜、そして優しさをぎゅっと詰め込み、昔ながらの製法でひとつひとつ丁寧に作った繋果彩のジャムが、また誰かの笑顔を咲かせている。