麻の羽織り
京都で織られた最高級のリネンを使用し、国内の縫製工場で丁寧に製作された麻の羽織り。洋服の上から羽織ってもスタイリッシュに着こなしていただけるよう美しいシルエットにこだわりました。古来日本で育まれた着物文化を洋服とともにファッションとして楽しめる純国産ジャパニーズ・コートです。
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文化伝統
地域への愛
人々への愛
自然素材・オーガニック
生産地
品物が作られた場所
東京・京都
原材料
品物の素材や原料
自然素材の割合
100%
麻
100%
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Story
品物のストーリー
創業百余年の節句人形屋が、日本の着物文化を洋服と共にファッションとして楽しめる美しい羽織りを作りました。
私どもは創業1911年(明治44年)、東京・浅草橋の節句人形屋でございます。初代は現在の上皇様の初節句にお人形を献上し、国から無形文化財に指定される名誉に輝きました。
そして今回、三代目人形師である原裕子が大切な日本の美しい着物文化を現代の洋服文化と共存させ、純粋にファッションとしてスタイリッシュに楽しめる羽織を制作しました。品質の良さ、国産であることにこだわって作られ、関わる全ての方が日本人であることを誇りに思い、高い精神性を感じられる羽織です。
人と神とを繋ぐと言われる神聖な麻の持つ清らかさ、ファッションアディクトも唸る洗練されたフォルム、日本の四季を堪能できる着心地の良さ、失われゆく文化を守るためではなく心も身体も惹かれてしまう、全てが唯一無二な羽織です。
Learn Stories of Makers
「お子様へ愛を伝えるお人形を、未来へ」
「今になって、亡き祖父と話したいことがどんどん出てくるんです。」
そう話すのは、「五色株式会社」の三代目人形師兼CEO、原 裕子(はら ひろこ)さん。
赤ちゃんの顔と仏様の顔を2つに割ったようなぽっちゃりとしたお顔つきの雛人形、五月人形。
初代人形師である祖父・原 米洲さんの頃から受け継がれる、まあるいフォルムのお顔に高貴なお顔つき。この特徴的な人形がお部屋にあると、その空間が清らかな空気に包まれる。
愛する子が大人になるまでをともにするお節句の人形だからこそ、良いものを選びたいというお客様に選ばれ続けてここまできた。
人形作りの全ての工程に関わる人が、時代とともに変化している。それでもなお100余年変わっていないのは芯となる技術、そして制作への熱量だ。
今では夫の健二さんとともに、日本の文化を後世に伝えるため御椀や羽織へと活動の幅を広げる裕子さんに、その想いとストーリーを聞いた。
「職人たちの才と熱量を身近に感じた子ども時代」
隅田川の流れる東京都浅草橋に生まれた裕子さん。
家業は無形文化財に選ばれた人形をつくる老舗店だった。
3人兄弟の末っ子。体は強くなく、幼稚園に通っていても体力が長くもたずくたびれてしまうような子だった。
そんな私を父と母は仕事場にも連れて行ってくれた。
そういうわけで、職人や芸術家の技術や文化のなかに小さい頃から囲まれて育った。美術に幼い頃から触れていたし、そんな環境や文化が大好きだった。
創業者の祖父は職人として天才でありながら、私にとってはとても柔らかく可愛らしいおじいちゃんでもあった。
学校に行くときには祖父が火打ち石をカチカチ鳴らしてくれたり、戦争中のことを教えてくれたり。
手先は器用なのにみかんの皮むきは苦手な一面もあった。私が中学生になるころまで一緒に過ごしたそんな祖父との時間も大好きだった。
幼少期から美術に触れ続け、それが日常だった。
日常すぎて、家業を継ぐことは考えたことがなかった。
でも美術をもっと学びたいという気持ちから美大に進んだ。
水彩画、油絵、デザイン・・・いろいろ学んで、卒業後はロンドンに留学を決めた。
「灯台下(もと)の宝物」
自分は何者なんだろう。
これから何をしていったら良いのだろう。
そんな疑問を抱えながら向かったロンドンの美術学校。
そこで出会う人みんなが「あなたの家業すごく面白いね」と興味を持って聞いてきてくれた。
そして、私が悩んでいた「自分は何をしていったらよいんだろう」という悩みは、「あなたのお家の仕事が素敵すぎるから他に見つからないんじゃないの?」という友人の言葉で解決された。
国を飛び出して改めて気づかされたのは、祖父たちがやってきた独自の人形づくりの面白さ。
あぁ、そうか。私の家業って素晴らしいんだ。
やるべきことが定まった。
日本に帰ろう!
「思い出のお人形ができるまで」
帰国してからは母の制作の手伝いをはじめた。
幼少期からずっと工房に入り浸って祖父やみんなの働く様子を見ていたから、すんなり馴染めた気がする。
それでも修行期間は長く、自分ができるようになったと思えるまでには7~8年くらいかかった。
人形師と呼ばれることに抵抗がなくなるまでは20年近くかかったように思う。
初代人形師である祖父のように、私はなれないかもしれない。
母のようにもまた、なれないかもしれない。
しかし、私にとって「愛を伝えるためのお人形をつくることが使命」なのだ。
だから、人形師として前を向き続ける。
出産を終え、自ら母になり、良いものを見分ける選択眼、それを形にするぶれない軸といった「ものづくりの感性」が確かに芽生え、2018年に三世を襲名した。
人形づくりへの想い。
それは、親御さんからお子様に対する愛と生まれてきてくれた感謝を形にする人形師という生業への責任から来ている。
成長して大人になっても3月になるたびに、部屋に飾られていた雛人形を思い出す人もいるだろう。
大人になってからも自分が愛されていると感じられる、それがこのお節句の人形ならではの役割だ。
だからこそ、人形づくりに関わる全ての職人とともに、手作業で真心こめて制作している。
一番最初に粘土で原型をつくる職人。
型に石膏を流して頭の形をつくる職人。
白い肌にするために胡粉という貝殻でつくられた塗料を塗る頭師。
お顔に目鼻口を描く職人。
絹糸で作った髪を丹念に植え込む職人。
ボディーをつくる職人。
ボディーに衣装を木目込む職人。
布を織ってくれる職人。
全てのパーツを組み立てる職人。
人形師である裕子さんが企画・デザインしたものを、それぞれの細かいパーツごとに専門の職人が手作業でかたちにし、自社で販売している。
全国でもこの全ての過程を担う人形店は片手で数えるほどしかない。
「日本文化にリスペクトを込めて」
日本人の日常から薄れゆく日本の文化を後世に伝えるために、夫である健二さんとともに活動の幅を広げている。
日本が世界に誇る伝統文化を後世につなげたい。
そのためにはまず、桃の節句、端午の節句、七夕の節句・・・それぞれのお節句を楽しんでいただきたい。
クリスマスやハロウィンがあるように、お節句も家族で楽しい時間を持てるイベントにしよう。
また、日本のお節句の醍醐味は続けることにある。
大人になったときに、「こんなことがあったね。」と会話に出てきたり、みんなで毎年飾り付けをした後、写真を撮って残したり。そうやって思い出を積み重ねてほしい。
そんな思いを形にするため、「momo(もも)」という冊子を作成するようになった。
お客様にはお節句の思い出写真とともに、お子様への愛情やお人形を購入した経緯を書いていただき、冊子にまとめてお配りしている。
五色株式会社の「五色」は、日本の節句は大きく分けると五節句に分けられることや、人形だけでなくさまざまな日本文化を広めたいという思いから名付けている。
新たな挑戦として、お食い初めのお椀、そして大人用の羽織りを制作。
伝統工芸といえば、着物を思いつく人も多いかもしれないが、着物離れが進んだ現代、毎年毎年織元が潰れてしまっている。
今更洋服の文化を着物文化に戻すことはできないが、洋服文化と和装の融合はできるのではないだろうか。
そう考え、洋服の上に羽織れる麻の羽織を作った。京都で織り、東京で縫製し、刺繍作家が刺繍をした100%メイド・イン・ジャパンの商品だ。
羽織りなら国も男女も問わず日本文化を気軽に楽しめる。
和装は私達に安らぎを与えてくれるが、値段や着付けの大変さから敷居が高くなっている昨今。羽織というかたちで、身近に取り入れやすくした。
「愛を形にする文化を、世界へ」
活動の幅を広げ始めた五色株式会社の考えるこれから。
それは日本の良さを世界中の方々に知ってもらうこと。
日本の素晴らしい伝統や、職人、文化を後世に残していくために、人形師の枠を超えて、活動していきたい。
その思いを強くするのは、お節句の人形を購入する親御さんの気持ちを、現場で受け止め続けているから。
お子様に健やかに育ってほしい。
子の成長を見守っていて欲しい。
子どものころ、お節句で並べられていた人形を今も覚えている大人は、多いのではないだろうか?
子どものころは気づかなかったその有難み。
そして人形ごとに刻まれる家族のストーリーを、子へ孫へ、受け継いでいくために、裕子さんはこれからも、お客様への愛と人形師としての責任を胸に進み続ける。